やる気のない警察官の活躍を描く:第1回警察小説大賞受賞の佐野晶さんに訊く

 

「ごんぞう」と呼ばれる警察官たち

警察内部の隠語で、やる気のない警察官を「ごんぞう」と呼ぶ。能力や経験があるのに働かない、自主的窓際警官だ。

警察小説というと、凶悪犯を追い詰める敏腕鬼刑事や、複雑なサイバー犯罪などをイメージするが、佐野さんの作品の舞台は、「ごんぞう」ばかりの交番。緊急配備の連絡に誰も反応せず、交通違反の取り締まりも全国最低レベルで、いつも無駄話をしながらお茶を飲んでいる。県警の幹部たちも彼らの扱いに手を焼いている。

「正直に言うと、警察小説は苦手。特に鬼刑事が登場する定型の警察小説には、あまり興味ありませんでした。私の日常生活から、とても遠い存在でイメージが浮かばない。しかし、警察組織の中でもあまり注目されない“ごんぞう”の存在を知り、交番のお巡りさんの話にしたら書けるかな、と思いました」と佐野さんは話す。自宅近くの神奈川県・湘南が現場だ。

主人公の新人警官、桐野がこの交番に配属となる。桐野は国家公務員の試験に落ち、地方公務員採用で警察官になった。女性副署長からの密命を帯びて着任する。「税金泥棒を警察からたたき出すため、(ごんぞうたちの)サボタージュの実態を記録して、報告してほしい」。“内部スパイ”の報酬は、何か月後には、国家公務員試験に再挑戦などのため、勉強時間がたっぷり取れる職場に引き上げるというものだった。


内部スパイを指示した女性副署長本作は『ゴースト アンド ポリス GAP』と長い題名だ。「ゴースト」は、初めの方に出てくる、住民からの「お化けが出る」という訴えなどに由来する。「お化けを出すと、話が転がりやすくなるので、使いました」と佐野さん。「GAP(ジーエーピーと読む)は、純粋にごんぞうに徹して生きる小貫と、それを裏切ってスパイする桐野の主人公二人のギャップも意味しています。やがて二人のギャップはだんだんと変化していきますが」

スパイを指示した女性副署長の存在も面白い。佐野さんは笑いながら、こう話す。「警察内部の“社内恋愛”は必ずばれると言われるように、警察にはスパイ的なことを指示している幹部や、それに従う内部通報者が必ずいるのだろうと想像して書きました。初めは男性の副署長を考えていたが、若い警官を籠絡(ろうらく)できるよう、魅力的で、一癖も二癖もある女性にした方が面白いだろうと思い、ある友人の浮気相手を人物イメージしてみました」

佐野さんは27歳から、テレビの脚本を書いてみようと執筆を始めた。しかし、賞の候補にはなったものの、花開くことはなかった。20年ほど前からは、映画のノベライズを中心にしている。「韓国ドラマも相当、本にしました。何日までに書け、と言われれば、絶対に守り、少し粗製乱造だったこともあるが。是枝監督作品を本にする時は、監督が時間を取ってくれて、気になったシーンの意味を尋ねると、丁寧に教えてくれました」

小説を自分で書くのは今回が初めてで、54歳(当時)にして「初作品初受賞」となった。「アンチヒーロー的な主役が魅力」「落語の世界を感じさせる、愉快で、物悲しく、人間味のあふれる警察小説に仕上がっている」「意外性が抜群で、主人公の新人警官の青春小説でもあり、成長過程を描いた成長小説にもなっている」と3選考委員の満場一致で選ばれた。新しい警察小説というテーマに、最も斬新な形でこたえたと評価されたのだ。

佐野さんは次作の構想を固めつつある。「妻が出版社にいて、『毒の本がよく売れる』などと言うので、毒をテーマにした小説にしようかと、考えています。もちろん、私が書くのは人を殺さない毒薬ですが」と、優しい人柄を感じさせる。

「今回、あまり登場しなかったごんぞう交番の面々の続編も、検討しています」。決して力まず、激しい警察小説は書かず、ごんぞうに温かな目を向ける、新タイプの作家が登場した。